神戸地方裁判所 昭和31年(わ)542号 判決 1959年9月16日
被告人 范徳鐘 外二名
主文
被告人范徳鐘を懲役一〇月及び罰金一〇〇万円に、
被告人日野武彦を懲役六月及び罰金四〇万円に、
被告人草野邦彦を懲役六月及び罰金五万円に、
それぞれ処する。
但し、被告人草野邦彦に対し、本裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。
被告人らにおいて、右の罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。
被告人ら三名から、金一億二〇四六万三四五〇円を追徴する。
訴訟費用中、証人深田忠彦、同世良田清一、同萩島清一、同金山正幸、同田原克己、同大森喬、同高野繁、同小西実(昭和三四年五月一三日請求分)に支給した分は、被告人ら三名の連帯負担とし、証人竹位良市に支給した分は、被告人范徳鐘、同日野武彦の連帯負担とし、証人小西実に支給した分(昭和三三年六月一九日請求分)は、被告人范徳鐘の負担とし、証人元木義計に支給した分は被告人草野邦彦の負担とする。
理由
(本件犯行の動機、方法)
被告人范徳鐘は、台北高等商業学校を卒業し、昭和一九年日本に来住し、昭和二六年頃から神戸市生田区加納町二丁目において、フアン・チヤン・ブラザース・カンパニーという名称で毛製品の輸出入並びにその国内向販売を営んでいたが、昭和二九年一〇月頃同社を閉鎖し、その頃、同業者である鄭天順の経営する大阪市東区南久太郎町四丁目三九番地所在太平商事株式会社に入社し、その常務取締役となつたもの、
被告人日野武彦は、東京正則英語学校高等科を卒業し、昭和二一年頃から右鄭天順と共同で、神戸市兵庫区新開地で食堂や雑貨商を営んだが、思わしくなく、昭和二四年四月頃、同市生田区海岸通三丁目二番地所在税関貨物取扱業大同運輸株式会社に入社し、その後同社輸出部次長を経て、昭和二九年一一月から同社大阪支店次長となつたもの、
被告人草野邦彦は、兵庫県立第二神戸夜間中学校を卒業し、昭和二三年一〇月頃、右大同運輸株式会社に入社し、同社営業部現業課員となつたが、本件犯行当時は同課員として、同社の保税上屋である大同一号、二号、一一号、一二号並びに海倉二号の各倉庫の貨物の出入及び船積荷役の指図をしていたもの、
であるが、昭和二九年八月頃被告人范徳鐘と右鄭天順は、当時毛製品を輸出した際、通商産業局から発行される毛製品輸出証明書(これに基いて原毛買付用外貨割当が行なわれるため、一般に原毛リンク券と呼ばれた。以下単に原毛リンク券と略称する。)が、証明リンク額の五割ぐらいで転売されている実状に着目し、香港の業者と結託して、ユーザンス手形(支払猶予期間を認められた手形)を振出してもらい、それで金融を受けるとともに、輸出申告に際し高価申告をして、右の原毛リンク券稼ぎをしようと相談し、被告人范において、直ちに香港に行き、鄭天順の親戚である太平行こと唐孝謙や、鄭の知人である錦豊荘こと林君楽らと連絡し、高価申告に基く輸出を始めたが、右の方法では利潤が少いため、同年一〇月中旬頃、被告人范と鄭とは、更に相談の結果、いわゆるすり替輸出の方法により毛織物の香港向け輸出申告をし、税関の輸出許可を受けたのち、これを船積せず、実際には、あらかじめ準備しておいた化繊布、ないし綿布を船積し、通商産業局には毛織物の船積関係書類を提出して前記原毛リンク券を取得し、これを売却して利得しようと企て、かつ、右計画を遂行するためには、乙仲と呼ばれて税関貨物取扱人の資格を有し、輸出貨物の通関、船積の諸手続及び倉庫業務を行う船積荷扱業者の協力を得なければならないところから、その頃、右鄭天順及び被告人范は、当時大同運輸株式会社の輸出部次長であつた被告人日野に右計画遂行の協力方を依頼し、更に、被告人日野は、同社営業部現業課員の被告人草野に右計画を打ち明け、鄭天順に同人を紹介して、鄭と共に通関検査及び船積現場における貨物の操作方を依頼し、被告人草野は、右計画遂行について加担する旨約束し、かくして被告人らは順次共謀のうえ、まず輸出申告書どおりの毛織物梱包を、同区海岸通三丁目所在の大同運輸の保税上屋大同一二号倉庫に搬入し、香港向け輸出許可を受け、一方同一荷姿の化繊布ないし綿布の梱包をひそかに同上屋に搬入し、税関の許可を受けないで香港に向け船積密輸出したのち、右毛織物の梱包を税関の許可を受けずに本邦に引き取るという方法を用い、別表第一記載のとおり同年一一月一四日から翌三〇年二月二三日までの間前後二一回にわたり各無許可輸出の犯行を、別表第二記載のとおり昭和二九年一一月一五日から翌三〇年二月二四日までの間前後二二回にわたり各無許可輸入の犯行を、それぞれ敢行した。
ところが昭和三〇年三月にいたり、従来使用していた大同一二号倉庫を同会社の保税上屋である同区波止場町所在海倉二号倉庫に変更しなければならなくなつたが、その際税関の検査が不十分であつたのと、貨物の出入が余りに多いと監視員に怪しまれるおそれがあつたため、その頃からは化繊布ないし綿布の梱包は、前同様毛織物のように装つて通関船積をするが、毛織物の梱包は、これを保税地域に搬入することなく、税関の検査に備えて鄭天順又は被告人范の自宅に準備しておくだけにするという方法を用い、別表第三記載のとおり、同年三月七日から同年五月三〇日までの間に、前後一八回にわたり各無許可輸出の犯行を敢行した。
(各事実)
被告人范、同日野、同草野は前記鄭天順と順次共謀のうえ
第一、前記のように税関の輸出許可を受けない貨物を香港に密輸出しようと企て、別表第一及び第三の「無許可輸出(本船積込)年月日」欄記載の日に、いずれも神戸港において右各表「積込船名」欄記載の各香港向け船舶に、いずれも税関の輸出許可を受けていない右各表「無許可輸出品」欄記載の各貨物を、情を知らない艀業者らを介して船積し、もつて右各貨物につき税関の輸出許可を受けないで輸出し、
第二、前記のように、輸出申告のため神戸税関保税上屋に搬入されていて、輸出許可を受けた貨物を、同税関の輸入許可なく密輸入しようと企て、別表第二の「無許可輸入年月日」欄記載の日に、いずれも税関の輸出許可を受けて大同運輸株式会社第一二号保税上屋に蔵置されていた同表「無許可輸入品」欄記載の各貨物を税関の輸入許可を受けないで、情を知らない運送業者らを介して神戸市内に搬入し、もつて右各貨物につき、無許可輸入をしたものである。
(証拠の標目)(略)
なお、弁護人は、判示第二の毛製品密輸入の点について、「被告人らは、当初から輸出の意思がないのに税関を欺いて輸出許可を受けたものであつて、本来輸出の意思がなかつたのであるから、輸出許可は無効であり、従つて、外国貨物とはならないものである、これを保税上屋から引き取つても、税関に対する虚偽申告罪となるのは格別として外国貨物を密輸入したことにならない」と主張する。
しかし、被告人らにおいて、輸出申告をするにあたり、後日本邦に引き取る意思を心裡に秘匿していたとしても、そのために輸出申告が無効にはならないのであるから、その申告に基いてなされた税関の許可行為が効力を妨げられるいわれはない。そして、関税法第二条によれば、輸出の許可を受けた貨物を本邦に引き取ることが輸入に当るのであるから、被告人らが、判示のとおり、一旦輸出許可を受けた毛製品を、税関の許可を受けないで保税上屋から国内に引き取つたときは、関税法第一一一条所定の無許可輸入罪が成立するのである。弁護人の主張は理由がない。
(法令の適用)
被告人らの判示行為は、いずれも関税法第一一一条第一項、罰金等臨時措置法第二条、刑法第六〇条に該当するところ、各被告人とも、判示各罪につき懲役及び罰金の併科刑を選択し、被告人らの判示各罪は、刑法第四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については、同法第四七条本文、第一〇条により、各被告人とも犯情の最も重い判示第二の別表第二二番の罪の刑に併合罪の加重をし、罰金刑については、同法第四八条第二項に従い、その合算額以下で処断することとし、被告人らをそれぞれ主文第一項の刑に処し、被告人草野邦彦については、情状により同法第二五条第一項を適用して、主文第二項のとおり、その懲役刑の執行を猶予し、被告人らにおいて、右の罰金を完納することができないときは、同法第一八条により、主文第三項のとおり当該被告人を労役場に留置することとし、本件各密輸出入犯罪貨物は、本来関税法第一一八条第一項本文により没収すべきものであるが、没収できないから、同条第二項により、主文第四項のとおり被告人ら三名からその犯罪が行われた時の価格に相当する金額を追徴することとし、なお訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、(連帯負担については同法第一八二条)により、主文第五項のとおりその負担を定める。
(裁判官 山崎薫 田原潔 大石忠生)
(別表省略)